『アーサー王の死』を再読中

アーサー王の死』を再読中。そんなわけで、私の中で地味にアーサー王ブームが来てます。ちなみに、私自身はそんなアーサー王伝説は好きじゃない。W町の中では一番好きな自信はあるが、K市だとたぶん上から10番目くらい。だって、『アーサー王の死』を持ってないし図書館で借りてるレベル。あんまお金はかけてないんだ。

アーサー王物語〈1〉

アーサー王物語〈1〉

で、ちくま完訳版の感想なのですが、騎士道物語を英語で読み始めると、いろいろと見えてくるものもある。原書の表現にひどく忠実で、一単語も落とさないようにしているっぽい。

たとえば「palfrey」という単語は辞書的には「婦人用の乗用馬」とされているが、私の場合はめんどうなので「馬」としか訳さない。これがちゃんと本文中に「婦人用の小馬」にしてる。また、どうも「馬上槍試合」と「勝ち抜きの馬上槍試合」を区別して使っているようだ。ついさっき、ウィキペディアで調べてみたが、私のように「Joust」と「Tournament」を区別せずその日の気分で「トーナメント」か「馬上槍試合」と日本語を当てるのはどうも完全に誤訳のようだ……。やべぇな、手元のジーニアス英和辞典はどっちも「馬上槍試合」って日本語当ててるんですけど……。

さて、以前、無限空間さんでちくまの完訳版に対し、「正直この本、訳がかなり微妙なのであまりお勧めはできないです。」としてました(2009/11/11のブログ http://55096962.at.webry.info/200811/article_15.html#trackback:title)
意訳をしない方針みたいなので、日本語として不自然なところはかなりある。が、原書と対照するのはすごくやりやすいっていう利点はある。学者とか向けじゃないのか、と思うなコレ。

ついでに、私は適当に表現の足りない部分を補ったりしているが、それもよくないのかもしれない。「タタール王は〜」という文章があった場合、適宜「タタール王アグリカンは〜」とかいじってる。その方が分かりやすいかな、と思って。ついで言うなら、いまやってる原書はシャルルマーニュのことを「Charles」としてるだけで「マーニュ」部分は私が勝手に付け足してる。これをやった場合、原書と対照はしにくいよな……。

あと、私は翻訳のとき、一人称なんかも適宜キャラの性格によって使い分けている。全員「私」にして丁寧語喋らすと無味乾燥かと思ったからだが、これって訳者のイメージの押し付けにもなりかねない、とも思う。私のやり方が正しいのかどうか、いろいろ考えさせられた。

最後に、web拍手くださった方、ありがとうございます。こないだ日記で、「web拍手をください」と書いたところ、ホームページの更新をしていないのも関わらずweb拍手が入るという、なんかわけのわからんことになりました。いや、嬉しいんだよもちろん。そんなweb拍手してくれる人のために報告のコーナーをやります。6月17日の時点で『恋するオルランド』の和訳はword換算で残り139ページ。全体の1/3まできました。次回からはこうやって、進行状況をカウントダウンしてきます。私も残り数えながらやった方がやる気が出るだろうし。